滞在4日目。アシュラムで生活することが自然に感じます。このままずっと滞在することもできるような。確かにここはインドで、自分は外国人なのだけれども、そういうことも忘れてしまうような不思議な感覚です。
朝5時頃起床して部屋で瞑想。7時に朝食。その後、アルナーチャラ山をゆっくりと登っていきます。景色が良くて座れるところでは、心地いい風と静けさを感じて瞑想をします。スカンダアシュラムに着いたら、少し腰を落ち着けて瞑想。ここのこじんまりとした場所と静けさが好きです。
今日は少し早めに下山して、ラマナマーケットで買い物。お土産になるものが思いつかず、鈴木さんに相談したところ、ヒマラヤ製品とオーロビンドシュラムのお香を勧められたので、早速購入というわけです。
マーケットでドッサと置かれているお香は、売り場的には雑然としていて見過ごしてしまいそうですが、手にとって香りを確かめてみると、たしかにいい香りが!そんなこんなで買い物などしていると、明日は帰路につくのだなという現実を感じてきました。
午後にアシュラムのショップでラマナの本を2冊購入。そしてはホールを変えながら夜まで思う存分瞑想。
滞在5日目、最終日です。朝食後にキャッシャーに行ってドネーションを支払ってきました。領収証とラマナの写真、赤と白のビブーティをいただきました。
出発は昼食後なので、それまではできるだけアルナーチャラ山で過ごしたく、やはり山道を歩いてスカンダアシュラムに向かいます。
昼食後、時間通りにアシュラムに頼んでおいたタクシーが迎えに来ました。鈴木さんも見送りに来て下さいました!鈴木さんにはほんとに何から何までお世話になってしまって。大感謝です!!ありがとうございました!!
さて、ラマナシュラム滞在は、私に何かをもたらしたのでしょうか。私はラマナを心の師と思ってきましたが、今までラマナアシュラムには行く必要はないと思ってきました。
その場所に行くということよりも、ラマナの語っていたことを理解することが大事だと思っていたからです。
今回、その思いが大きく変わったとは思いません。ただ、ひとつの流れが起こってしまった。
このアシュラム滞在は、尊敬する心の師であるラマナが生存していたところで、自分がラマナの教えに従って理解に至った瞑想をするための、ひとつの流れだったのかなと感じます。
流れを否定する必要もなく、肯定する必要もなく、そこに意味が有るのかとか無いのかとか、そんなことはマインドがあれこれ考えることで、それを超えたところで、多分逆らいようのない流れというものがあるのだと。
「呼ばれた」とも言えるかもしれません。その流れに従って、この体とマインドは動き、ラマナアシュラムに赴き、アルナーチャラ山に登り、ホールで瞑想をしてきた、そういうことだったのだと感じています。
ただ、インドに行こうが行くまいが変わらないことがあります。明確な自分自身の存在、私はアシュラムでもずっとそれとして過ごしてきました。
それはアシュラムの静けさになり、瞑想する人々の思いとなり、アルナーチャラ山の風となり、サマディーホールの祈りの響きとなり、ミルクの口に広がる甘い香りとなり、足に出来た豆の痛みとなり、午後の眠気となり、感じられるもの全てに染み渡っていきました。
もちろん、ラマナ自身の臨在にもつながっていたのだと思います。そのつながりは衝撃的というよりも、私にとっては自然さといえるものです。いかにそれが自然であるか、感じられるかどうかギリギリのところに存在している息遣いのようです。
自分の本質とラマナの本質、それはあらゆるものの本質と何も変わらない。だから、それに近ければ近いほど分かりにくい。自分自身の存在の本質が、ラマナの存在の本質と全く同じであることは、ラマナも認めるところだと思います。
そんな時間をタップリと持てたことは、とても良かったと思います。自分自身の知っていることをしっかりと確認でき、それを味わうことのできた滞在になりました。流れというのは、無味乾燥なものではなく、実はとても豊かなものなんですね。
またラマナアシュラムに行くことになるかと、ふと考えることがあります。「呼ばれれば」行くことになるのでしょう!アルナーチャラ山の風にまた吹かれることができたら、そこで瞑想することができたら、嬉しいかもしれません。