2014年4月2日水曜日

35. 風の彼方で瞑想を

気づきは日常的に起こっている。

今までとは全く違った視点で物事を見ることができること、
このことを気づきと呼んでいる。

この気づきが起こると、視界が広くなったように感じる。

それが問題解決につながるかもしれないし、
新しい考え方が生まれるかもしれない。

そういった気づきは大切な経験として扱われる。

この日常的な気づきは「何に気がつくか」に焦点が当てられている。
そこでは「何に気がつくか」が大切であり、その内容が重視される。

だが「誰が気がついているか」にはあまり関心が払われない。

気づきが起こるのは「何か」に対してだけではない。
そこには気づく「誰か」も存在している。

「何か」は具体的で重要性が感じられるので、
すべての関心はそちらに向けられる。

その瞬間に「誰か」は消し去られる。

その消し去られる瞬間にも「誰か」は気づいている。
気づきで重要なのは、その「誰か」だ。

それを知るためには、
日常で偶発的に起こる気づきに頼るのではなく、
瞑想でそれを意図的に起こす必要がある。

瞑想で気づきを能動的に起こし、そこで「何か」を消し去り、
「誰か」だけをそこに残していく。

そうすることで、
私たちはいつもそこに存在している「誰か」に気づく可能性が与えられる。

私たちがその「誰か」に気づいた時、それが本当の自分だと知る。

そうして本当の自分を知ることが真実に目覚めることであり、
自分に対する誤解を解くことであり、
新しい自分に生まれ変わることだ。

これが気づきの本質だ。

瞑想におけるこの気づきはほんの一瞬かもしれない。
だがその一瞬の積み重ねが新しい自分に生まれ変わることを促している。

そうして積み重なった気づきが永遠に続くことが本当の自分自身で在ることだ。
自分自身の確かな存在そのものがそこにある。

瞑想でこの自分自身の完全性が与えられたなら、
もう努力して自分自身に気づいている必要はなくなる。

存在から風が起こり、その風が止まるところが存在だ。
そこで私たちは果てしない瞑想をする。

風の彼方で瞑想をする。