2014年12月13日土曜日

沈黙の中で神は語る:第四章(1)私

神を知ることができれば、
自分自身が神だと知ることができれば、私は変われるのでしょうか。

私は自分が満たされ続けないもどかしさから逃れたいのです。
すべての苦しみから解放されて自由になりたいのです。
誰かを傷つけることなく、誰からも傷つけられない自分になりたいのです。
痛みに怯えることなく生きていきたいのです。
そしていつでも穏やかで、満ち足りた気持ちのまま人生を過ごしていきたいのです。

私は自分が神だと宣言することなど何の意味もないと思っています。
そんなことを言っても人から失笑を買うだけでしょう。
それよりも神を信仰する方がまだましです。
自分より優れた神という存在から救済されることを望んでいます。
神の教えを守り、神に救われることで、満ち足りた状態へと導かれたいのです。

自分が神だとしたなら、私は自分に救済を求めなければなりません。
私は自分の無力さをよく知っています。
そこに救済する力などありません。
私が自分が神だと知っても、そこには虚しさしかないでしょう。

私という神など何の力もありません。
世界の変化の前には無力でいるしかありません。
苦難が起こっても、それに何の術もなく立ち尽くすだけです。
そうして神など何の力もないと思い知るだけです。

どこかに自分を超えた神がいて、私はその神を味方にしたいのです。
神が私という存在を認めてくれれば、私は満たされることができます。
いつも神が側にいてくれれば、私の人生は守護され、危険は遠ざけられ、
私は幸福な気持ちのまま人生を生きていくことができます。
神がそばに居てくれることが私にとっての最大の安心なのです。

私は神という存在を感じて、その存在が確かであることを求めています。
そしてその神は私の人生の障害を取り除き、
すべてが上手くいくように取り計らってくれる存在であってほしいと願っています。
あなたが神であるなら、そうしてもらえないでしょうか。
そうしてくれるなら、毎晩でも私は神に祈りを捧げるでしょう。

神は私などを超えた高貴な存在であって欲しいと思っています。
そして私という存在を気にかけてくれて、人生から苦難を取り除き、
幸福に導いてくれることを願っています。