前世の記憶はあるのだろうか。
私たちは何万回も同じ人生を繰り返している。
その繰り返しから離脱するためには神になることが必要だ。
私たちが神になったとき、私たちの前世が誰であったのかを知る。
前世の記憶がある人がいるそうです。
それが本当に前世かどうか分かりませんが。
私たちの人生は90年足らずです。
100年前は存在せず、多分100年後に存在している人もほとんどいないでしょう。
驚くべきことに、私たちの人生はたったそれだけしかありません。
宇宙の悠久の時間から見れば、それはあっという間の出来事です。
本当に私たちの人生はそれだけなのでしょうか。
もしかすると、私たちには魂というものがあって、
それが輪廻転生を繰り返しているのかもしれません。
そうであるなら、私たちは90年足らずの人生どころか、
数千年、数万年の人生を生きていることになります。
でも、前回の人生の記憶を持っている人はほとんどいません。
たまに前世の記憶がある人が現れたりすると、
もしかすると本当に前世があるのかもしれないと思います。
実は自分はそうして生まれ変わって、
毎回、まったく別の人生を歩んでいると思ったりします。
もしかすると、私たちは別の人生ではなく、
同じ人生を何万回も繰り返しているかもしれません。
宇宙には時間の流れが一方に流れているということはないのだそうです。
私たちは4次元に生きているので、時間を俯瞰することはできません。
もし、5次元から4次元の時間を俯瞰することができれば、
時間はまるで丸太のようなものであり、
そのどこかを輪切りにしたところが、この瞬間になります。
過去も未来も時間はすべてこの瞬間に存在しているのですが、
私たちの感覚が時間への焦点を少しずつ未来にずらしています。
そのため、私たちには過去と現在と未来という感覚があるのです。
私たちはいま自分という人間を生きています。
この自分という人間しか知りません。
私たちは他人の人生を生きることはできません。
そうであるなら、この人生だけが自分の人生として確かなものです。
この人生が終わったなら、また同じ人生を生きる。
そうして何万回も同じ人生を生きている可能性があります。
前世があるという記憶すら、そういう記憶があるように設定されていて、
実際に前世の記憶があると思い込んでいるのかもしれないのです。
5次元から見れば、時間は過去から未来へ順番に流れる必要はなく、
何度でも過去に戻って繰り返すことができます。
もしそうであるなら、この人生の繰り返しは苦痛でしかありません。
初めて見た映画は面白いと思うかもしれませんが、
それを何万回も見せられたらどうでしょうか。
私たちはどこでどうなるのか知っていて、
それが何万回も強制的に繰り返されるのを見て、いい加減に飽きてくるでしょう。
そのため、私たちは生まれてくるとき、前回の人生の記憶を消去されます。
そうすることで、この人生において、
初めて映画を見た時のように先の読めない展開を楽しむことができます。
もし、自分の人生がそんな姿であると知ったなら、
いつかこの繰り返しから逃れたいと思い始めます。
過去にこのことを知ったマスターがいました。
そして人生がどんな姿であるのか、それから離れるにはどうすればいいのかを説きました。
実は輪廻転生から離脱することが、私たちの人生の目的なのです。
マスターたちが残した多くの教えの中で、このことはくどいほど言及されています。
では、そのためにはどうしたらいいでしょうか。
私たちは5次元の視点に立たなければなりません。
その視点だけが時間を超越しています。
私たちは5次元の視点に立つことができるのでしょうか
それは人間業ではありません。
人間は4次元でしか生きていけません。
それができるとすれば神だけです。
それならば、私たちは神になればいいのです。
神になるためにはどうすればいいでしょうか。
私たちは神になるための能力が備わっています。
それが瞑想です。
私たちは誰でも瞑想することができます。
瞑想することで、自分の心の中に神を見つけることができます。
いま、瞑想の多くは心身の健康のため、特別な能力を得るために使われたりしていますが、
本来は神になるための能力なのです。
私たちは瞑想によって心の奥深くの繊細な場所を見つけます。
そして、その場所と自分をひとつにしたとき、私たちは神になります。
私たちはそこで神になったなら、輪廻転生を繰り返す必要はなくなります。
そして何万回も同じ人生を繰り返してきたのは、自分が神になるためなのだと知ります。
私たちにとって前世は何万回も繰り返される悪夢でしかありません。
私たちは瞑想することでこの悪夢から目覚めます。
私たちは心の奥で神として目覚め、そしてこの次元で残りの人生を生きていきます。
人生では繰り返される映画のように物事が起こっていきます。
私たちの身体や心はそれに反応します。
そうであっても、私たちは神であり続けます。
そして人生が終わったとき、私たちは純粋に神になります。
もう私たちは人間ではないので、生まれ変わることはありません。
神として時間全体を俯瞰しています。
時間の中で、自分の人生は過去の記憶として繰り返されていくでしょう。
それはまだ神を知らない自分です。
私たちは神として、自分が目覚めるのを静かに眺めています。
神は時間を超えて、いつでもそうしてそこにいます。
そして、私たちは神になって初めて、もともと神であったことを知ります。
つまり、私たちの一番初めの前世は神だったということです。
そのかすかな記憶が、私たちを神へと導いていったのです。
