2015年12月26日土曜日

11.宇宙とつながる:瞑想哲学



私たちは宇宙とつながっている。
だが、宇宙の意志と私たちの願望が必ずしも同じとは限らない。
願望が叶わないとき、私たちは宇宙とつながっていないと思う。
私たち自身が宇宙だと知ったとき、すべての願望は達成される。

私たちは宇宙とつながっています。
そこには何の仕切りもありません。

いまこの瞬間も、私たちは宇宙の果てとつながっています。

でも、私たちは宇宙とつながっていないと感じます。
それは宇宙が自分の思い通りに動いてくれないからです。

もし、私たちが宇宙とつながっているのなら、宇宙に自分の思いが届いて、
そこに何かしらの恩恵を与えてくれると信じています。

そうなるように、
私たちは宇宙とつながるための祈りを捧げたり、瞑想をしたりします。

そして思っていたことが少し実現したりすると、
きっと宇宙とつながったからだと思ったりします。

でも、それは宇宙とつながったから起こったことではありません。
自分自身に起こるべくして起こったことなだけです。


私たちは身の回りに起こる出来事と自分の願望をつなげ過ぎて、
もし宇宙とつながったのなら、
自分の願望は宇宙の意志として起こるはずという奇妙な見解をつくりだしました。

そしてその奇妙な見解を再優先するようになり、 私たちは元々の宇宙とつながっている感覚を失っていったのです。

いまでも私たちは宇宙とつながっています。
ただ、そのつながりは私たちの願望を叶えるということに対して役には立ちません。

私たちは言うなれば宇宙における時計の歯車のようなものです。
時計が機能するためには、ひとつの歯車はその仕事を正確にやらなければなりません。

その歯車が時計全体を思い通りにすることはできないのです。

すでに歯車は時計の一部品として、その仕事を任され、
時計の機能としての役割を与えられています。

私たちがそういった宇宙における特定の歯車である以上、
宇宙の動きをコントロールすることはできません。

私たちができることは宇宙が要求する仕事を正確にこなすことだけです。

でも、ときどき歯車は時計に対して文句を言います。
これは自分の動きではないとか、もっと他の部品の仕事をしたいとかです。

そのとき、歯車は自分は時計と上手くつながっていないと感じます。
でも、歯車は時計の部品として、いつでも時計とつながっています。

実際には時計という存在はなく、たくさんの部品の寄せ集めが時計になっています。
つまり、歯車ひとつも時計そのものだということです。

私たちは宇宙における、あまりにも小さなひとりの人間という存在ですが、
同時に果てしない宇宙そのものでもあります。

そうであるなら、願望が実現するかどうかにかかわらず、
私たちは宇宙そのものであり、そうでないことなど一度もないということです。

ただ、私たちが自分とは宇宙そのものだと知ることは、
自分の願望を実現するために何の役にも立ちません。

願望を持つことは間違ったことではありませんが、
宇宙にそれをお願いするのは筋違いなことなのです。

でも、宇宙とつながりたいという気持ちは大切なことです。
そうすることで私たちは失った大切なものを取り戻します。

宇宙とつながるためには、瞑想をして、心を繊細な状態にしていきます。
そこで自分の心の中にある原始宇宙とひとつになります。

そこは無数の銀河にあふれるこの宇宙を存在させている基盤となるものです。
原始宇宙は私たちの存在にとっても一番初めの場所です。

誰もがそこから誕生したので、誰の心の中にもこの原始宇宙は存在します。
この原始宇宙があるために、私たちは人間としてこの地球に存在できます。

この原始宇宙が私たちの核心であり、自分自身そのものです。

そう知ったとき、私たちは宇宙すべてになります。
小さな人間という枠を超えて、宇宙そのものになるのです。

これまで私たちは思い通りにならないと宇宙に文句を言ってきました。
でも、その宇宙が自分自身だったのです。

いままで私たちは自分に向かって文句を言ってきたということです。

私たちが宇宙とつながり、宇宙そのものになったとき、
宇宙全体の動きからすれば、
人間の願望などあまりにも小さくて、取るに足らないことだと知ります。

人間はいろいろと願望を宇宙に投げかけてきます。

宇宙であるあなたはそんな願望に、ちょっと後ろめたさを感じながら、
見て見ぬふりをして、忘れることにします。

それについて、人間はいろいろ文句を言っているようですが、
宇宙は、「あなたも宇宙なのだから」と言いたい気持ちでいっぱいです。

宇宙は、なぜ自分自身と宇宙をつなげることを、
そんなにも役に立たせようと望むのか理解できません。

私たちが原始宇宙になったとき、何を望むでしょうか。

私たちは何も望みません。
すべての望みは自分自身の中で達成されています。

私たちにとって、最高で最後の望みが原始宇宙になることなのです。
それが達成されてしまえば、私たちが望むことは何もありません。

それでも宇宙は時計の針を進めるように動いていきます。
私たちもその歯車となって宇宙を動かしていきます。

ただ、その歯車は自分が宇宙だということを知っています。
私たちはひとりの人間でありながら、同時に宇宙全体として存在しています。