2014年1月17日金曜日

ヨガ・スートラ 第3章(55節)ビブーティ:超越する能力

1. 確信できる領域に知覚する意識を結びつけることが注意力だ(ダーラナ)。
2. その領域に知覚する意識を長く留めることが瞑想だ(ディヤーナ)。
3. この瞑想的な知覚する意識が、凝視された対象の本質的な意味を明らかにするためにすべて向けられ、分離した感覚や強烈な個性から解放されること、これが観想だ(サマディ)。
4. これら3つのこと、注意、瞑想、観想が同時に実践されたとき、これは完全に集中された瞑想になる(サンヤマ)。
5. この完全に集中された瞑想をマスターすることで、そこに知覚の光明が現れる。
6. この力はアセンションの段階の中で与えられる。
7. この注意、瞑想、観想という三要素の力は、前に説明した成長の手段よりも内側になる。



8. しかし、この三要素はまだ精神的な分析の根源から無条件で自由な魂の洞察の外側にある。
9. アセンションする段階のひとつはコントロールの発達だ。最初に、マインドの印象の興奮を圧倒する。次に、マインドの印象をコントロールする兆候が現れる。そして、知覚する意識はコントロールした瞬間のあとに起こる。
10. この過程を頻繁に繰り返すことで、マインドはそれに慣れていき、知覚する意識の落ち着いた流れを生じさせる。
11. ひとつの対象から別の対象へと飛び回るマインドの習慣を段階的に克服すること、そのひとつの鋭く尖った力は観想を発達させる。
12. これに続いて、種々の習慣がコントロールされることとひとつの先鋭さの目覚めは、知覚される意識の均一な安定した要素となり、その人のひとつの先鋭さを発達させる。
13. これを通して、本来の性質、特有な目標、存在や力の状態、発達に調和することが明らかにされる。
14. あらゆる対象物は、すでに静止状態にあるもの、活動的なもの、まだ定義でないものといった特質を持っている。
15. 段階の違いは発達の違いに要因がある。
16. 3つの段階における完全に集中された瞑想を通して、過去と未来の知識が現れる。
17. 言葉によって思い出す音や対象、思考には困惑させられる。なぜならそれらはマインドの中ですべて一緒にぼんやりとしているからだ。それらから区別された完全に集中された瞑想によって、すべての存在の発する音を理解する。
18. マインドの印象が目に見えるようになるとき、前世を理解することが起こる。
19. マインドの印象に完全に集中された瞑想によって、他人の思考を理解することが得られる。
20. しかし、他人のマインドの中の思考が休息しているときには、思考を読む意識にとって実在がないため、その人はただ思考だけを知覚し、また休息している思考を知覚しない。
21. 身体の姿に完全に集中した瞑想をすること、身体の知覚できることを抑止すること、そして目の見る力を抑止することで、身体の姿を消す力が現れる。
22. 寿命をふくらませる機能は、おそらく直ぐにあるいは徐々に効力を発揮するだろう。その機能に完全に集中した瞑想によって、また兆候を通して、死ぬ時の知識が現れる。
23. 思いやり、哀れみ、いたわりに完全に集中した瞑想によって、他人と内面で統合する力を得る。
24. 力に完全に集中した瞑想によって、おそらく象のそれのような力でさえ得られるだろう。
25. 内面の光に目覚めたその上に心を傾けることで、繊細で、隠されていて、曖昧だった物事の知識が現れる。
26. 太陽に完全に集中した瞑想によって、世界の知識が現れる。
27. 月に完全に集中した瞑想によって、月の宿りの知識が現れる。
28. 不動の北極星に完全に集中した瞑想によって、星の運行の知識が現れる。
29.  身体の下の方ににある力の中心に完全に集中した瞑想は、身体の力の状態への理解をもたらす。
30. 喉の根本の力の中心に完全に集中した瞑想によって、飢えや渇きが消滅する。
31. 「亀の形になる」と呼ばれる経路の力の中心に完全に集中された瞑想によって不動心が現れる。
32. 頭の中の光に完全に集中された瞑想を通して、成就したマスターの洞察が現れる。
33. または、すべてのことを知っているマスターの神聖な力の教授を通して。
34. 内面に存在するハートに完全に集中した瞑想によって、意識の知識が現れる。
35. 個人的な自己と精神的な人の間の区別に気がつくことに失敗することで、個人的な自己は人生を楽しむことを探し求める。すべての個人の経験は実際にはもうひとりのために存在する。すなわち精神的な人だ。その自己のための経験に完全に集中された瞑想によって、精神的な人の知識が現れる。
36. そのうえに、直観の神聖な力が生み出され、そして精神的な人の聴覚、触覚、視覚、味覚、嗅覚の力が生み出される。
37. これらの力は最高の精神的な洞察と区別されて位置している。その出現状態は神秘的な力と呼ばれている。
38. 束縛の種を弱めることで、そして生意気な口を利くことを覚えることによって、その意識は他の身体に移される。
39. 上昇する生命を支配することで、水中や沼地、刺の多い場所の危険から自由になり、そしてアセンションの力が得られる。
40. 拘束された生命を支配することで、輝きが現れる。
41. 聴覚とエーテル(空)の相互関係に完全に集中した瞑想から、精神的な聴覚の力が現れる。
42. エーテルの身体の相互関係に完全に集中した瞑想によって、アザミの冠毛の輝きのような思考によって、エーテルを通過する力が現れる。
43. 意識の状態が広範囲に、そして身体に限定されることなく、身体の外側に、そしてそれに限定されることなく到達するとき、光を隠していた覆いは取り払われる。
44. 各要素を支配することは5つの形態に完全に集中した瞑想によって現れる。すなわち、総体、要素、微細、本質、意図だ。
45. そのうえで、意思は確固たる力とともに、身体の天性である極小の兆候と他の力を現す。
46. 均整がとれていて、美しく、力強く、沈着で、ダイヤモンド、これらがこの身体の資質だ。
47. 知覚や行為の力を超えて支配することは、5要素の形態に完全に集中した瞑想によって現われる。すなわち、特有の本質、それらの中の自己意識の要素、固有性、そして目的性をつかむ力だ。
48. そこから、思考のように素早く、媒介者から独立した、問題のすべてを支配する力が現れる。
49. 精神的な人が超自然的な身体から完全に分離されるとき、その人はすべての物事を超越し、すべての知識を支配することに到達する。
50. ここですべての自堕落さが無くなることで、悲しみに束縛される種子が破壊され、純粋な精神的存在に到達する。
51. そこで生命の異なった領域から招かれる誘惑やプライドを完全に征服し、二度と悪いことを起こす物事に取り憑かないようにする。
52. 分割された時間やそれらの連続に完全に集中した瞑想から、洞察力を生み出す叡智が現れる。
53. それゆえに本質に類似した物事の間に識別力が現れる。それは種類や性質、立場の違いによって区別されない。
54. 識別力から生まれる叡智は星のようだ。それはすべての物事、すべての物事の状態を見分けて、順序立てることなく同時に見分ける。


55. 覆いと精神的な人が同時に純粋であるとき、その時には、完全な精神的生命が達成される。