2014年9月4日木曜日

ラマナアシュラム滞在記 2014:滞在3日目



8月24日(日) 滞在3日目

06:00 オールドホールで瞑想

07:00 朝食

07:30 スカンダアシュラムで瞑想

11:30 昼食

12:00 休息

15:00 オールドホールで瞑想

16:00 チャイの時間

16:20 ギリプラダクシナに出発!


今日はシリウスさんがギリプラダクシナをするとのことで、一緒に参加させていただけることになった。ギリプラダクシナとはアルナーチャラ山を一周する山麓の道を歩く行のことだ。ラマナ・マハリシもこの行を勧めていたそうだ。1周約14キロ弱、時間にして4時間程度。そんなに簡単ではない。昨年も参加して疲れ果て、もうこれはいいかなと思っていたが、何故かもう一度やりたくなった。

ギリプラダクシナのルート上には東西南北と北東、南東、北西、南西の8箇所それぞれに寺院があり、そこを巡礼していく。それぞれの寺院に到着する度に、どの程度歩いたかが分かる。そして方角によって姿を変える荘厳なアルナーチャラ山がいつでもそこにある。

出発時はまだ日も落ちておらず、気温は高めだ。熱中症にかからないように水を飲みながら歩いて行く。道沿いには売店もあるので、水がなくなったらその都度買うこともできる。


各方位にある寺院。ちょっと立ち止まって手を合わせる。





日が落ちてきた時、きれいな彩雲が現れた。




アルナーチャラ山の5つの峰が見えるとされる場所。ここも寺院のようになっていて、中には裸足で入っていく。日が落ちて、あたりが暗くなってきた。


ビッグテンプル手前の寺院。ここから交通量の多い街中に入っていく。ギリプラダクシナ完遂間近だが、事故に合わないように気を引き締める。車やバイク、オートリキシャ、バスが行き交う道を幾つか横断する。途中で靴屋を見つけてサンダルを購入。190ルピーなり。

ビッグテンプル近くで休憩。ここからは30分ほどでアシュラムに到着するはず。雨にも降られず順調な行程だ。だが、ここからの歩きがなかなか辛かった。普段あまり歩かないことがたたってか、筋肉は悲鳴を上げ、足のマメが擦れて痛い。

08:20 アシュラムに到着

休憩時間を入れてちょうど4時間で完遂。いいペースだった。歩き通した満足感で満たされる。今回もガイドしてくださったシリウスさんに感謝!!

アシュラムの夕食には間に合わなかったので、スーパーで食料を購入して部屋に戻る。夕食はバナナ、コーラ、オレオだ。ギリプラダクシュナのあとでジャンキーな食事。。。

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ギリプラダクシナではいろいろな光景に出会う。サドゥーや物乞い、花売りの子どもたち、歩道にたむろすサルたち、何かもらえると思って駆け寄ってくる犬、時間と方角で形を変えていくアルナーチャラ山、花を撒き踊り狂う葬式の行列、果物が山盛りの屋台、揚げ物をつくっている女性、そんな光景がどんどん流れていく。出会っては過ぎ去っていく。次の瞬間に景色は変わる。

そこで変わらないものがある。それは自分自身だ。自分自身は過ぎ去らない。「私は誰か」、それはいつもそこに存在する自分だ。過ぎ去ることもなく、色褪せることもなく、どんなときでもそこに存在している。だが、それを知る人は少ない。なぜなら私たちは過ぎ去っていく光景にばかり目をやってしまうからだ。その経験が自分だと思って、それに取り付いて離れない。

ラマナは「自分自身にしがみついて離れないように」と言った。だが、殆どの人はそのしがみつくべき自分自身がわからない。その自分自身を見つけるために瞑想をする。ギリプラダクシナをして、過ぎ去らない自分を自覚する。ギリプラダクシュナは、それを見つけることのできる歩く瞑想だと思う。

歩いていると筋肉が痛くなり、マメが擦れて辛くなる。まだ歩き続けなければならないのかと思うと心が折れる。これが自分に付きまとってくる現実だ。だがそれは自分自身ではない。自分自身の周りに起こる現象だ。自分自身は痛かろうと辛かろうと、そこから離れて存在している。そして自分自身はそれらと共にいてくれる。