私たちは生きている。
この世界に生まれ、そして死ぬまで生き続ける。
生きている間に何をするか。
それが私たちに生きることへの意味を与える。
人生は人それぞれだの姿がある。
環境も違えば、考え方や行為も違う。
生きる上で何が正解かは分からない。
だが、私たちはそこに正解を求める。
そうして自分らしく生きていくための正解を探す。
その中で生きがいを見つけて満たされるかもしれないし、
不満を持ったまま、満たされない毎日を過ごすかもしれない。
それがどんな姿だろうと私たちは生きている。
思考の水平線を超えたところは生きることを超えている。
そこには生きることも死ぬこともない。
ただ存在している。
それはまぎれもなく自分自身でありながら、
生きている自分個人とは別次元のようだ。
存在することがあり、そして個人が生きることと死ぬことがある。
私たちが存在まで遡れば、そこで個人は生死を超える。
自分が存在だと知ったとき、
そこで生きるということを超えて存在し続ける。
私たちは生きることも死ぬこともなく存在しながら、
やがて死を迎える個人と人生を共にしている。
どう生きるかは問題ではない。
誰として生きるかが大事だ。
自分が存在だと知れば、それ以上人生で知ることはない。
私たち個人は一喜一憂しながら人生を生きていくかもしれない。
だが自分が死を超えた存在だということを知って生きていく。