2014年10月31日金曜日

15.神とは誰か

私たちは神という言葉は知っていても、
神が誰なのか知らない。

誰も神を見たことがない。
誰も神と話をしたことがない。

それでも見えない存在として神がいるような気がする。
神社や教会や自然の中で透明な存在を感じることがある。

その存在の大きさは果てしなく、
その中にいる自分がとても小さく感じる。

世界には神の話がたくさんある。
それが真実かどうかは分からない。

神の名前もたくさんある。
どの神を信じればいいのかも分からない。

私たちが神のことを知りたいと思っても、
想像の中でしか神に触れることができない。

それでも世界は誰かによって創造されたから存在している。
この自分の身体さえ誰かに与えられたものだ。

世界や自分は確かに存在している。

これらの創造者は人知を超えている。
私たちはその見えない創造者を神と呼んで畏怖するしかない。

思考の水平線を超えたところに神が存在している。
神は私たちの中に存在している。

私たちは神を知らなくても、自分が存在していると分かる。
その存在が神だ。

存在している自分自身が神だ。

その存在は個人を超えている。
自分自身の中にある存在には名前がない。

名前のない存在が私たちの中心に鎮座している。

その存在に気がついたとき、
自分だけでなく、世界のすべてがそれで創られていることを知る。

存在はあらゆる場所に偏在している。
私たちが神だと感じていたのはこの存在だった。

何もない空っぽの心の状態でのみ、
この存在を確かめることができる。

出来事や感覚に目を向けている限り、
この繊細な存在を見過ごしてしまう。

それはいつでもそこにあるが、
あまりにも当たり前すぎて分からない。

神はそれほど私たちの近くにいる。
すべての存在を存在するべく無条件で支えている。