はじめにそこには闇があった。
闇の中に光が生まれた。
光が生まれて世界が誕生した。
世界が生まれて、そこで私たちが目を覚ました。
世界で目覚めた私たちにとって世界は生きる拠り所だ。
私たちは光あふれるこの世界の存在を信頼している。
私たちは闇のことは知らない。
それは知らないものなので不気味な存在だ。
もし見渡す限り闇が広がっていてそこに落ちていくなら、
私たちはそれを想像しただけでも恐怖で震え上がる。
闇は私たちを飲み込んで喪失させる何かであり、
そこに私たちは恐ろしさを感じる。
光を拠り所にしたいと思っている。
光が世界の根源であり、同時に自分の原点であると信じ、
私たちはもっと光を世界にあふれさせたい。
世界にも私たちにも闇がある。
だが私たちは恐怖の対象である闇に支配せれたくない。
私たちは闇の中に光を求める。
夜であれば星の光、森のなかの家の灯火、先が見えない人生での希望。
闇は邪悪であり、排除すべきものであり、恐れに導くものだ。
闇の中で私たちは必死に光を大きく輝かせようとする。
だが私たちは光を失いそうになる。
闇の中に落ちないように光を灯し続ける。
思考の水平線を超えたところには闇がある。
その闇からすべてが生まれてきた。
私たちの心の中も闇だ。
私たちは闇でできている。
私たちの中には闇というすべての根源がある。
それとつながらずに生きてはいけない。
私たちが闇を恐れるのは、
それがマインドを消し去ってしまうからだ。
私たちは闇を自分自身を殺そうとする邪悪な存在だと感じている。
実際には私たちの根源は闇であり、
それ無しには生きていけない。
いったい何が真実なのだろうか。
闇とは邪悪な存在ではなく、
私たちや世界を支える愛に満ちた存在だ。
光は世界を照らして、私たちの興味を惹きつけ、
そこにとどまらせようとする。
そんな光に導かれる限り、私たちは自分を見失ったままだ。
世界の中に自分を見つけようとして彷徨い続ける。
光は私たちに世界を見せているが、
結果的に私たちを袋小路に迷い込ませている。
ある意味、光は私たちを真実から遠ざけ世界で迷わせている。
それでも私たちは光を唯一の救いの神のように奉っている。
そんな光を信じる私たちの存在でさえ闇は無言で支え続けている。
たとえ悪役にされたとしても、闇は私たちから離れることはない。
私たちが自分の中の闇を受け入れるとき、
私たち自身が闇になる。
光に照らされたものを見つけようと、
必死になって探しまわっている自分は終わる。
私たちが闇であることを受け入れたとき、
同時に光自身であることも知る。
私たちは闇であり光だ。
そして光でも闇でもないひとつの存在になる。
それが私たちの存在そのものだ。
あらゆる記憶を超えてそれは存在している。
私たちの原点はこの存在であり、
それは光や闇を超えている。
私たち自身は存在という根源であり、
いつでもそれと自身の中でつながっている。
存在は闇として宇宙の果てまで広がり、
光として世界を照らしている。