2014年11月3日月曜日

16.光と闇について

はじめにそこには闇があった。
闇の中に光が生まれた。

光が生まれて世界が誕生した。
世界が生まれて、そこで私たちが目を覚ました。

世界で目覚めた私たちにとって世界は生きる拠り所だ。
私たちは光あふれるこの世界の存在を信頼している。

私たちは闇のことは知らない。
それは知らないものなので不気味な存在だ。

もし見渡す限り闇が広がっていてそこに落ちていくなら、
私たちはそれを想像しただけでも恐怖で震え上がる。

闇は私たちを飲み込んで喪失させる何かであり、
そこに私たちは恐ろしさを感じる。


光によって創造された世界に生まれた私たちは、
光を拠り所にしたいと思っている。

光が世界の根源であり、同時に自分の原点であると信じ、
私たちはもっと光を世界にあふれさせたい。

世界にも私たちにも闇がある。
だが私たちは恐怖の対象である闇に支配せれたくない。

私たちは闇の中に光を求める。
夜であれば星の光、森のなかの家の灯火、先が見えない人生での希望。

闇は邪悪であり、排除すべきものであり、恐れに導くものだ。
闇の中で私たちは必死に光を大きく輝かせようとする。

だが私たちは光を失いそうになる。
闇の中に落ちないように光を灯し続ける。

思考の水平線を超えたところには闇がある。
その闇からすべてが生まれてきた。

私たちの心の中も闇だ。
私たちは闇でできている。

私たちの中には闇というすべての根源がある。
それとつながらずに生きてはいけない。

私たちが闇を恐れるのは、
それがマインドを消し去ってしまうからだ。

私たちは闇を自分自身を殺そうとする邪悪な存在だと感じている。

実際には私たちの根源は闇であり、
それ無しには生きていけない。

いったい何が真実なのだろうか。

闇とは邪悪な存在ではなく、
私たちや世界を支える愛に満ちた存在だ。

光は世界を照らして、私たちの興味を惹きつけ、
そこにとどまらせようとする。

そんな光に導かれる限り、私たちは自分を見失ったままだ。
世界の中に自分を見つけようとして彷徨い続ける。

光は私たちに世界を見せているが、
結果的に私たちを袋小路に迷い込ませている。

ある意味、光は私たちを真実から遠ざけ世界で迷わせている。
それでも私たちは光を唯一の救いの神のように奉っている。

そんな光を信じる私たちの存在でさえ闇は無言で支え続けている。
たとえ悪役にされたとしても、闇は私たちから離れることはない。

私たちが自分の中の闇を受け入れるとき、
私たち自身が闇になる。

光に照らされたものを見つけようと、
必死になって探しまわっている自分は終わる。

私たちが闇であることを受け入れたとき、
同時に光自身であることも知る。

私たちは闇であり光だ。
そして光でも闇でもないひとつの存在になる。

それが私たちの存在そのものだ。
あらゆる記憶を超えてそれは存在している。

私たちの原点はこの存在であり、
それは光や闇を超えている。

私たち自身は存在という根源であり、
いつでもそれと自身の中でつながっている。

存在は闇として宇宙の果てまで広がり、
光として世界を照らしている。