2014年11月9日日曜日

19.パワフルであること

私たちはパワーを求めている。

日常の生活の中でパワーはあった方がいい。
自分のパワーが高いと人生が楽しくなる。

パワーを高めたり維持したりすることは大切だ。
そのために運動をしたり、食べ物に気を使ったりする。

パワーがある時は気力が充実している。
少々挫折があっても乗り越えられる。

問題を解決したり、新しいことに取り組んだり、
生きていくことそのものに勢いがある。

人生を充実して過ごすために、
パワーがあることはいいことだ。

そんなパワーを思い通りに維持することはできない。

年齢とともに体力は自然に落ちてくるし、
健康だとして体調が思わしくない時だってある。

認めたくはないが、パワーはいつでも変動している。

高い状態でパワーを維持するために、
私たちは落ちていくパワーを無理やり押し上げようとする。

パワーがあると思い込んで気力を奮い立たせたり、
栄養剤を飲んだりして身体に鞭打つ。

思考の水平線を超えたところにパワーはない。
何の動きもなく、パワーと呼べるものはない。

そこは静寂で、不動で、均一なところだ。
それは完全な無といえる場所だ。

だがすべてのパワーはそこから発生している。

そんな完全な無であるところが、
無限のパワーを生み出す基盤となっている。

どんなパワーでもその素材が必要だ。
素材は何かのパワーではない。

荒れ狂う嵐の海には水が必要だ。
水はパワーを伝えるかもしれないがパワーではない。

それは素材だ。
完全な無であることがパワーの素材になる。

それが動き出せば宇宙を創造することができるほどの力となり、
それが静まれば、何もない完全な無となる。

すべてのパワーは無に戻る。
そしてそこからまたパワーが生まれる。

私たちはパワーを失って無になることを残念に思うことはない。

それはもう一度パワーを産み出す源泉に戻ることであり、
そこからまた新鮮なパワーとして動き出すことができる。