私たちは汚れたものを浄化したくなる。
カルマは自分にとって汚れたものなので浄化する。
浄化はどうやって起こるのだろうか。
汚れを落とすことで浄化される。
自分の中に溜まってしまった汚れを吐き出す。
それは不快なことかもしれない。
だがその不快なことをやらなければ汚れたままだ。
汚れたまま調子が悪くなり、それは続いていく。
私たちは意を決して浄化にとりかかる。
汚れが自分の中から出て行って浄化される。
私たちは浄化されたことを喜び、
そこにまた汚れを溜めていく。
それはカルマと呼ばれるまで成長を続ける。
そこは汚れることもない。
そこは存在というすべての素材であり、
汚れもカルマもそれでできている。
そこは汚すことができない。
汚れがそこに近づいた途端に、
存在に戻されて汚れではなくなってしまう。
私たちはそこに存在している。
自分がその存在そのものであれば決して汚れることはない。
カルマから見れば、これは浄化されることに見える。
実際は浄化というよりも汚れが存在しない。
私たちがそこに存在すると知ることで浄化は必要なくなる。
汚れが溜まることも、溜まったカルマを解放する必要もない。
その存在から離れることがなければ、
私たちは二度とカルマに思い悩むことはなくなる。