2014年11月20日木曜日

25.浄化するということ

私たちは汚れたものを浄化したくなる。
カルマは自分にとって汚れたものなので浄化する。

浄化はどうやって起こるのだろうか。
汚れを落とすことで浄化される。

自分の中に溜まってしまった汚れを吐き出す。
それは不快なことかもしれない。

だがその不快なことをやらなければ汚れたままだ。
汚れたまま調子が悪くなり、それは続いていく。

私たちは意を決して浄化にとりかかる。
汚れが自分の中から出て行って浄化される。

私たちは浄化されたことを喜び、
そこにまた汚れを溜めていく。

それはカルマと呼ばれるまで成長を続ける。

思考の水平線を超えたところにはカルマはない。
そこは汚れることもない。

そこは存在というすべての素材であり、
汚れもカルマもそれでできている。

そこは汚すことができない。

汚れがそこに近づいた途端に、
存在に戻されて汚れではなくなってしまう。

私たちはそこに存在している。
自分がその存在そのものであれば決して汚れることはない。

カルマから見れば、これは浄化されることに見える。
実際は浄化というよりも汚れが存在しない。

私たちがそこに存在すると知ることで浄化は必要なくなる。
汚れが溜まることも、溜まったカルマを解放する必要もない。

その存在から離れることがなければ、
私たちは二度とカルマに思い悩むことはなくなる。