2015年1月10日土曜日

沈黙の中で神は語る:第十章(4)神

自分自身が神だと知るためには段階がある。
その段階を通っていかなければならない。

それはマインドにとって過酷なことかもしれない。
あなたには覚悟と忍耐が必要だ。
何も努力しなければ、マインドが創り出す幻想の中で、
もっともらしい言葉に酔って眠りにつくだけだ。
あなたは鋭い集中力でその誘惑を断ち切る強さが求められる。
それは戦いだ。
あなたにとって、これは神聖な最後の戦いになる。
神聖な最後の戦いは世界に起こるのではなく、
あなたの心の中に起こる。

荒々しい神々はあなたのマインドの信念を破壊するだろう。
神々が破壊するのは、
自分が身体であり心だと頑なに信じていることだ。
この信念を完全に破壊するまで、
神々は心の中で荒ぶる神となり続ける。
マインドは無慈悲な神々に恐れをなすかもしれない。
だがこれはあなたを救済するための神々の慈悲なのだ。

あなたのマインドは神に勝つことはできない。
マインドさえ神でできている。
マインドが神を殺せと叫んでいたとしても、
そのマインドが神なのだ。
マインドが神は無価値だと叫んだとしても、
そのマインドが神なのだ。
どうやってもマインドは神を克服することができない。
マインドがその事実に気がつき、
頑なに守り続けてきた信念を捨てて戦いを終えるとき、
果てしない静寂がやってきて、マインドは神になる。
そうしてマインドは自分が神だということを受け入れる。

神には信念も計画もない。
神は何もしない。
神は不動の存在そのものだ。
すべてにおいて中立で平等だ。
あなたは自分自身を突き詰めていって、
すべてを削ぎ落として、
何も持たない小さな点の存在になる。
それは純粋な自分自身の根源であり、
誕生の地だといえる所だ。

この存在になれば、あなたは自分を超えたのだ。
あなたは自分という点の存在を超えて、
無限の存在そのものになる。
存在は宇宙に現存するすべての素材だ。
だから宇宙は存在できている。
存在は絶対的であり、ひとつとしてしか存在できない。
あなたは点である存在から、宇宙を包み込む存在につながる。
点でありながら、無限に広がっている。
これが存在そのものの姿だ。
あなたは個人の原点である存在から、
無限に広がっている存在につながる。

そこからあなたの世界に戻って、
目の前にあるもの、耳に聞こえるものを感じてみる。
それが感じられるなら、それは存在であり、
つまり自分自身なのだ。
あなたが世界で感じるすべては自分自身だ。

これは夢物語ではない。
スピリチュアルな幻想でもない。
偉大な賢人の哲学でもない。
あなた自身で感じられる現実なのだ。

あなたのマインドは計り知れない潜在力を持っている。
その力の最高地点は自分が神と呼ばれる存在だと理解することだ。

この言葉はあなたの言葉でもある。
この言葉も存在だ。
存在するなら、それは神であり、あなたでもある。

ここからあなたは一歩進むだろう。
それがどの方向かはわからない。
どの方向であっても神への一歩であることに変わりはない。