2015年4月23日木曜日

冥空のリアル:26:真実を拒むこと


私たちは真実を求めている。
私たちの求める真実は、自分に都合のいいものだ。

幸福な気分になれるものであったり、
良いことが周りに起こったり、
トラブルを避けることができたり、
穏やかな気持ちになれるものであったりする。

仕事に充実感があり、家族や友人関係が円満であり、
健康で金銭的に裕福であり、楽しい趣味を持っている。
そんな自分が本当の自分自身だと思っている。

もしそういったことを阻害するものがあれば、
私たちはそれを取り除くことが大事な仕事になる。
この取り除いていく仕事が、
真実に近づいていくことなのだと感じている。


私たちはこの世界で起こることからしか、
真実を見つけられないと思っている。
それは自分の身体や思考に起こることも含まれる。

私たちは自分にとって良い体験をすると、
それを重要なこととして記憶する。
そこに自分の真実があると思っているからだ。

その体験から自分の行動や思考が良い方向に変わったと実感し、
それが本当の自分自身に向かっていることであり、
この道を行けば、いつか本当の自分自身になれると信じている。

それは生き方として間違ってはいない。
だが、その方向に自分自身の真実はない。
本当の自分自身は心の奥を見通して見つけ出すものだ。
身体や思考を含む世界の現象の中に真実はない。

だが、私たちが瞑想をして、心の中に真実があると知ったとしても、
そこに本当の自分自身を見つけたとしても、
私たちはまた世界に目を向けて、その真実よりも世界を重要視する。

現実的に自分自身の真実が何かよりも、
私たちにとって、世界が自分をどう評価するかが差し迫った問題なのだ。

世界に満たされるためには、自分はどう行動するべきで、
どう思考すればいいかを求め続けていく。
それが分かれば、自分は良い人生を送ることができると期待している。

そうして私たちは自分自身の真実を無視し、
それどころか、そんな自分自身になることを拒絶する。

自分自身の真実とは何の動きもなく、何の思考もない。
生産的でもなく、進化するということもない。
世界に自分自身を求めてきた私たちが、
そんな自分自身の真実を無意味だと思うのは当然だ。
それは私たちが期待している自分自身とはまったく違うのだ。

だが、世界の中に自分自身の真実はない。
私たちが内なる自分自身の真実を受け入れたとき、
はじめて私たちの人生が始まる。
私たちは世界に何かを求めるのではなく、
世界全体をその心の中に包み込んで生きていく。