私たちは宇宙とひとつになることができる。
宇宙とひとつになるためには、本当の自分自身を知らなければならない。
それを知らずに、宇宙とひとつになることはない。
私たちの本質は個人という枠組みを超えた存在だ。
自分自身という存在の深いところでは、個人を超えて「宇宙とひとつ」になっている。
私たちは日常でこのことを意識することはない。
「宇宙とひとつ」などと思わなくても、日常生活に何の支障もない。
それどころか、自分は「宇宙とひとつ」だと思う方が心に混乱を招く。
それは日常生活にとって余計な概念であり、
それを知ったからといって、生活が豊かになるわけでも、
抱えている問題が解決するわけでもない。
それとは別に、私たちは「自分とは誰なのか」という問題を抱えている。
これは私たちにとって現実的な問題だ。
この問題を解決するために、私たちは人生を考えながら生きている。
「これは自分にふさわしい」というものを世界に見つけては、
それを自分自身に取り込んでいる。
そして、自分自身とは誰かの解答を見つけようとしている。
だが、いつまでも「自分とは誰なのか」という問題への解答を出すことができない。
それはまるで解答のない永遠の問題のようにも思える。
そして、いつしか私たちは問題が何だったのかも忘れて、
世界の中で自分を心地よくさせてくれるものを探してさまよっている。
私たちが宇宙とひとつになるためには、
この「自分自身とは誰なのか」という問題に明確な答えを見つけなければならない。
この解答を見つけなければ、
私たちは宇宙とひとつになることがどういうことか見当もつかない。
私たちが宇宙とひとつになることの意味さえ分からないだろう。
私たちは宇宙とひとつになるために、宇宙とひとつになろうとしてはいけない。
私たちはどうやっても宇宙とひとつになることができない。
それは混乱を引き起こすだけだ。
何かのタイミングで、宇宙とひとつになったような感覚は起こるかもしれない。
だが、その感覚は必ず消え去り、また宇宙とひとつになることを再現しようとする。
この感覚は宇宙とひとつになることではない。
宇宙とひとつになることは感覚ではなく現実なのだ。
この現実を知るためには、決して消えない自分自身の本質を知る必要がある。
宇宙と一つになるとは、
自分自身を知ることで、宇宙に吸収されるのではない。
自分自身を知ることで、宇宙を吸収するのだ。
私たちの本質は宇宙をはるかに超えている。
神や悪魔をも超えている。
あらゆるものを超えて、自分自身の本質は存在している。
私たちがその本質まで到達すれば、
自分とは個人という枠を超えているのだと自ら理解できるだろう。
そこでは宇宙が私を吸収するのではなく、私が宇宙を吸収する。
その理解に至るためには個人のままでは不可能だ。
自らが宇宙を超えた存在だと理解しなければならない。
そうして私たちが自分自身の揺るぎない本質を理解するとき、
自然と宇宙を吸収して、それとひとつになることができる。
これは無理やりそういう感覚を呼び起こすことではない。
自分自身の本質を知ることで、求めずとも自然に起こることだ。
私たちがこのように理解の順序を正しくすれば、
いままで理解できなかったことも分かるようになる。
自分自身の本質は、すべての存在の本質でもある。
その本質という原点にすべての解答がある。