カルマを消失させても真実に目覚めることはない。
私たちが真実に目覚めるとき、カルマは完全に消失する。
私たちはカルマを持っている。
そのカルマのために目が曇って真実が見えない。
真実を見るためには、カルマという曇を取り去らなければならない。
私たちはそう考えて、カルマをクリアにしようとする。
私たちはカルマを部分的に取り去ることはできる。
だが、それは完全にはなくならない。
なぜなら、カルマは日々つくられているからだ。
何度取り去っても、それは亡霊のように蘇ってくる。
カルマを完全に取り去ることができないため、
私たちはいつまでも真実に目覚めることができない。
それでも私たちはカルマを取り去ろうと試み続ける。
私たちはそうすることしか知らない。
カルマはいつまでも完全に消え去ることはなく、
私たちはその努力が実らぬまま人生を終えていく。
カルマを完全に解放することができなかったために、
私たちはまた生まれ変わって、カルマの人生に戻っていく。
私たちはカルマを持っているため、人生には多くの障害があると感じる。
その障害のために、自分が望むように人生が実現していかないと思うのだ。
はじめ、カルマを取り去るのは真実を見るためだったが、
いつしかカルマを取り去ることが人生の目的になっていった。
カルマはネガティブな考えや出来事だ。
私たちはそのネガティブなものを取り去ることで、
人生をいいものにしようとしている。
もちろんカルマは亡霊のように何度も再生するので、
カルマを取り去っても、私たちの人生がいいものになることはない。
私たちはいつまでもカルマを背負ったまま、
何度も同じ人生を繰り返し生きる。
このカルマを完全に取り去る方法はあるのだろうか。
それを完全に取り去る方法はひとつだけある。
それは私たちが本当の自分に目覚めることだ。
私たちは真実を知るためにカルマを取り去るのではなく、
カルマを取り去るために、真実に目覚める必要があったのだ。
その目覚めはカルマを完全に超えている。
その目覚めた場所は自分もカルマも区別がつかないところだ。
私たちが目覚めるためにしなければならないことは、
カルマに反応せず、本当の自分自身を見つけることに最善をつくすことだ。
このことは簡単ではない。
私たちはついカルマに反応してしまう。
それが目につくので、どうしても取り去りたくなる。
それは悪いことではないが、それに夢中になるとカルマしか見えなくなる。
私たちは目覚めるという本来の目的を忘れて、
いつの間にかカルマを取り去ることに夢中になっていく。
私たちの今までの人生がこれだ。
カルマを取り去ることは一定の効果があるが、
前述のとおり完全に取り去ることはできない。
カルマを取り去ることに一定の効果があることが、
私たちを迷路の中に閉じ込める。
私たちはわずかな成果を得ることに目がくらんで、
カルマを完全に解放するという目的を見失う。
もし私たちがわずかな勇気を出して、
カルマに目を向けず、心の中の自分自身の中心に向かうなら、
そこで本当の自分自身の真実に目覚めることができる。
私たちが真実に目覚めたとき、そこにカルマがないことに気がつく。
そこは身体、思考、カルマを超えて、何の区別もない場所だ。
何の区別もないところでは、カルマは存在できない。
本当の自分自身とは区別できるすべての物事にとっての共通の根源だ。
その根源はまだ物事として誕生する前の原初的な状態だ。
私たち自身がその根源だと知ったとき、
同時に自分にはカルマなどないということも知ることになる。
ただ、私たちが根源いてそう知ったとしても、
私たちに自分だと感じる身体や心がある限り、
カルマはそこに存在するだろう。
それは無視できない真実だ。
だが、それは物事が多様に分離している世界でのみ感じられることで、
分離のない自分自身の中心においてはすべてが同じ根源だ。
これも真実だ。
私たちは自分自身に二つの真実を抱えて生きていくことになる。
それらの真実のうち、信頼できるのは根源としての自分自身だ。
身体と心で構成された自分自身は変化する。
いまの自分はつい数分前の自分自身から身体も心も変わっている。
それを自分自身としていくことは、
不確かな自分自身を拠り所として生きるようなものだ。
根源である自分自身は、
身体や心、それを取り巻く世界に何が起こっても変わることはない。
それは信頼できるということだ。
私たちがそれであるなら、いつも変わることのない自分自身でいられる。
つまり、私たちが信頼できる場所においては、
カルマなど存在しないということが真実だということだ。
カルマとは身体や心のように一時的な姿に過ぎないのだ。
そんな幻のようなものを真実として取り扱うことは愚かしいことだ。
身体や心といったレベルではカルマが存在するように思えるだけだ。
本当の自分自身のレベルではカルマは存在しない。
身体や心が自分自身だと思えば、カルマは存在する。
カルマは幻のような身体と心に依存しているからだ。
本当の自分自身が現実の自分だということを知れば、
カルマは依存するところを失い、自然に消滅する。
私たちがカルマを完全に取り去りたいと望むなら、
自分自身の根源をたどり、
自分とはその根源であることに目覚めなければならない。
それがカルマから完全に自由になることのできる唯一の方法だ。