2016年1月11日月曜日

20.この地球で生きている:瞑想哲学



この地球で生きていることが私たちの現実だ。
だが、私たちはなぜ地球で生きているか知らない。
それを知らないがために、何度も地球に生まれ変わっている。
その答えを知るまで、私たちは何度でも生まれ変わってくる。

いま、私たちは地球で生きています。

私たちは当たり前のようにここで生きていますが、
生きているということは不思議なことです。

私たちはこの地球で生きることを望んで、
ここに生まれて生きているわけではありません。

実際には気がついたらこの地球という星に生まれて、
なぜだか生きていくことになっていたのです。

だから、いったい何のために生きていけばいいか分かりません。

私たちは生きることに理由が欲しくなり、
生きていくことに何かしらの目標を持とうとします。

でも、生きていくことの目標を持ったとしても、
なぜ自分はこことで生きているのかという疑問の答えにはなりません。


それでも、とりあえずここで生きていく目標を持てば、
そのうちその理由が見つかるかもしれません。

何もしないよりは、かなりマシなはずです。

そうして私たちは生きていく目標を持って、それに夢中になり、
生きていることは素晴らしいと思ったりします。

でも、いつまでたっても私たちはなぜここで生きているの分からないままです。

そのうち、私たちはなぜここで生きているのかという疑問はどうでもよくなります。
そんな疑問に時間を割くほど、自分の人生はヒマではありません。

人生では何かしなくてはならないのです。
そしてその何かを選択することはとても重要です。 

そうして、私たちにとってこの人生はどうやって生きていくか、
何を目標に生きていくかがすべてになりました。

それはそれでとても大事なことですが、
私たちは当初の疑問の答えを知ることからかなり離れてしまいました。

どうやって生きていくかの人生に縛り付けられれば、
私たちは決して答えを得ることが出来ない世界で、
答えを探しながらさまよい続けます。

そして、この地球上をさまよいながら、
良い選択をして、上手に人生を楽しんでいくことが、
正しい人生だと思い込んで生きていきます。

いったいなにが正しいことなのでしょうか。
私たちにとっての真実とは、この地球で生きているということです。

そして生まれて一番最初に起こった疑問は、
なぜここで生きているのかということです。

そして二番目の疑問は、どうやって生きていけばいいかです。
現実的に私たちはこの地球で生き抜いていかなければなりません。

でも、なぜ生きているのか知らないで、
どうやって生きていけばいいかを考えるのはおかしな話です。

どうやって生きていくかは、
最初の疑問に答えを出すための時間稼ぎに過ぎません。

その時間稼ぎのための一時的な対応が、
いつの間にか私たちの人生を埋め尽くしていきました。

私たちはなぜ地球で生きているのかも知らずに、
どうやって地球で生きていくかばかりを考えてきました。

ただ、私たちがそうやって生きてきたという事実を知ったとしても、
なぜ地球で生きているのかという疑問の答えを出すこと出来ません。

なぜ生まれたかを考えている間にも、地球でのサバイバルは続いていきます。
それだけを考えて、ぼんやりと人生を過ごすことは出来ません。

必然的に私たちは答えの出ない疑問にエネルギーを割くべきではないと判断します。
それよりも地球で生きるための現実的な問題の方が差し迫っています。

そうして私たちは地球で生きるための戦いに人生の時間を捧げ、
最後には地球を去る日が来ます。

誰でも生まれたからには死ぬのです。

私たちは死ぬ時になって、
そういえばなぜ地球に生まれたか知らなかったなと思い出します。

そして、なぜ地球上で死んでいくのかさえ知らずに、
私たちは死んでいきます。

私たちは死ぬ間際になって、なぜ地球に生まれたかを強烈に知りたくなります。
それを知らなければ死ぬに死ねないとさえ思います。

でも、私たちには時間というものがあり、それに逆らうことは出来ません。
私たちはその時に従って死を迎えます。

私たちはもう一度地球に生まれたいと願います。

もし地球に生まれることができたなら、
今度こそなぜ地球に生まれたのかの疑問を解き明かすと誓います。

そして、私たちは地球に生まれます。
その時、私たちはなぜこの地球に生まれたのか知りません。

最初、なぜこの地球に生まれたのだろうと疑問に思います。
この疑問が起こるのは、生まれる前にそれを解き明かしたいと思ったからです。

でも、結局私たちは地球でのサバイバルに飲み込まれていきます。
私たちはこんなことを延々と繰り返しています。

そこには一番最初の疑問だけが取り残されています。
なぜ地球に生まれてきたのか。

その答えは、何千回生まれ変わったとしても自分自身で見つけなければなりません。
神も仏も助けてはくれません。

実は、なぜ地球に生まれてきたのかという疑問の前に、
もうひとつ疑問がありました。

それは当たり前すぎるので、すぐ打ち消されてしまったのですが。
その疑問とは、誰がこの地球に生まれてきたのかというものです。

この忘れ去られた疑問をもい出すことが、
なぜ地球に生きているのかという疑問を解く鍵になります。

その答えは自分自身の中にあります。
それは漠然とした感覚やややこしい哲学ではありません。

この疑問を持っているのは誰なのかは明確に知ることが出来ます。
その答えを知ったとき、私たちはなぜ地球に生まれてきたのかを知ります。

そして、私たちを閉じ込めているこの強烈な輪廻転生の呪縛からも解き放たれます。

いま私たちはこの地球で生きています。
あなたはいったい何を知りたいでしょうか。