2014年5月1日木曜日

1. 意識はいま眠りから目覚める時を迎える

私はいつまで人間として生きられるか分からない。
だから、私が自分について知ったことをここに記しておく。


人間は誰でも計り知れない潜在力を持っている。
だが、ほとんどの人はその潜在力の1%も使わずにこの世を去る。

この潜在力は何かの能力のことを言っているのではない。
それは仏教の悟りや意識の覚醒と言われていることだ。

それは今までごく少数の人だけが成し得てきた。
それを知った人は他の人にもこのことを知らせようとした。

仏陀、キリスト、老子といった昔の師が伝えようとしたのは、
この人間の持っている潜在力のことだ。

私もこの人間の潜在力を知ったひとりだ。
20年以上瞑想をして、ようやくその境地に至った。

それでも私はまだ幸運な方だ。
それは簡単なことではない。

そこには心の中で迷い、疑い、戦いを経て到達する。
忍耐も集中力も必要だ。
ぬるま湯に浸かりながら到達できるものではない。

それは簡単なことではないが、誰でもその境地を知ることができる。

もし自分の潜在力を100%知りたいと思うのであれば、
その道は到達点に向けて示される。

その道は自分の心の中に広がる瞑想の道だ。

この瞑想の方向さえ間違わなければ、
私よりも早くそこに辿り着ける。

誰でもこの眠っている潜在力のことを知る機会が与えられている。
誰でもそのことを知る力を持っている。

その力が発現するように、
私はそこに至る道について、隠すことなくここに示していく。

私はこの瞑想の方向について何度も話をするだろう。

それほど、瞑想の方向は大切だ。
それがすべてと言っても過言ではない。

私の話す言葉は難しく、心の中に入りにくいかもしれない。

読む人によっては、何の話だか全く分からないかもしれないし、
そこに意味も見いだせなかったり、抵抗を感じたりするかもしれない。

だが、言葉が理解できるかどうかは、さほど重要ではない。
どう受け止めればいいかも、気にするほどのことではない。

あえて言葉を完全に理解しようと努めなくてもいい。
ただ読むだけで大切なことは太古の魂に伝わる。

だが、言葉だけで意識の覚醒そのものを伝えることはできない。
どれだけ知識を積み重ねても、残念ながら意識の覚醒は起こらない。

何度もこの言葉に触れたなら、
魂が自然と意識を覚醒させる方に向かい始める。

そうすれば、いつか瞑想の中で自分の意識が覚醒する時を迎える。

そのとき初めて、この言葉の意味が理解できる。
それまでは言葉を知るだけで、その真意を理解することは不可能だ。

その方向に向かい歩き続ければ、
必ず悟りという目的地に到達することは約束されている。

完全なる潜在力の解放が自分の心の中で起こる。
その約束の地は誰の心の中にもある。

静かに眠っている潜在力を見つけるだけで、
それは自然に目覚めて自分自身に広がっていく。

いま、本当の自分自身は眠っている。
いまこの時、目覚める時が来ている。