2014年11月6日木曜日

17.自分自身について

私たちは自分自身のことをあまり知らない。

何故この世界に生まれてきたのか。
この世界で何をしたらいいのか。
自分とは誰なのか。

自分のことで分かることは、
身体があること、考えることができること、
どんな能力があるか、どんなことを知っているかだ。

病気をすれば、自分が苦しんでいると思う。
どうすれば健康でいられるかを考える。
病気にならない身体になる。
健康でいられる方法を知る。

そこに物事があり、思考があり、経験があり、記憶がある。
それらをまとめて自分としていく。

私たちには名前があり、
それで身体と思考が誰なのか区別されている。

区別はされているが、
誰の身体なのか、誰の思考なのかを、
名前が示しているわけではない。

名前が付く前から身体も思考もあった。
名前が自分自身なのではない。

目を閉じて自分が何処にいるか探ってみる。
身体や思考ではない自分自身を見つけてみる。

思考の水平線を超えたところに本当の自分自身がいる。
それは対象物ではない。

身体や思考、名前は対象物だ。
対象物なので本当の自分自身ではない。

それは主体として存在している。
主体として存在しているので示すことができない。

目で目を見ることができないように、
それを確認することはできず、そこにいると感じるしかない。

確かにそこに自分は存在している。
この存在を消し去ろうとしてもできない。

この存在を知ることが自分を知ることだ。
誰でもこの自分自身を知ることができる。

だが誰もこの自分自身を知ろうとしない。

それどころか、身体や思考や名前を
本当の自分自身にしようとしている。

自分自身はつくりあげるものではない。
そこにいると知るものだ。

それがあるがままの自分自身であり、
自分自身と呼べる唯一の存在だ。