2014年12月30日火曜日

沈黙の中で神は語る:第八章(2)神

神であることは普通のことだ。
あなたは神という言葉から想像される姿に圧倒されているだけだ。
神は至って普通の存在だ。

神であるとは特別のことでもなく、
ましてや誰かの人生の責任を取る存在でもない。
神として何かをすることはなく、
あなたが神であると知るだけで完結することだ。

あなたが悲しみに沈もうと、怒りに燃えようと、
それでも神であることに変わりはない。
あなたは神であっても、悲しむことにも怒ることにも自由がある。
邪悪なことさえ考えるだろう。

あなたがどんな状況にあっても神は変わることがない。
悲しみも怒りも、すべては神でできている。
このことは決して変わらない。

人の本性が神であることは今でもそうなのだ。
それは変わることのない真実だ。
ほとんどの人がこの事実を知らない。
だから神に救済を求めたり、過度に神聖化したり、
神を裏切り者扱いしたり、存在しないものとして無視したりする。

神とはそういう対象ではない。
神をそのように扱うことは、
思い込みによる幻想を真実としているのだ。

あなたは神を知ることができる。
なぜならあなたは神でできているからだ。
これが真実だ。

あなたは自分が神でできていることを拒否することはできない。
あなたは自分が神だということを拒否できない。
それを無視することはできる。
自分は現実的な生きている人間だと思い込もうとすることはできる。

自分が神ではないとすることは自己否定にほかならない。
だがいつまでも自己否定を続けることはできない。
真実でないことを真実とすることは無理があり、いつか破綻する。
その破綻の果てに、真実への選択肢が残っていく。
いつかあなたは神を認める道を見つけてしまうだろう。

幾つもの選択の果てに自分は神だと知る道が残される。
人生の中で他の道は閉ざされてしまう。
世界のどんな快楽も長続きせず、いつか飽きるときが来る。
それでもあなたは世界中で満たされることを探し続けるだろう。
そうして人生を生きれば生きるほど神に近づき、
そしてあなたは自分が神自身だと知るのだ。

あなたが神だという真実から逃れることはできない。
思考や身体を中心とした人間でいようとしても、そこには無理がある。
無理があるから、満たされないままでいる。
満たされないということが神を見つけることにつながっていく。

そこに変わらない真実の自分を見つける。
自分は神だったと知る。

何をしていても、何を考えていても神でいることに変わりはない。
それがあなただ。
あなたは神以外でいることはできない。