2015年4月28日火曜日

冥空のリアル:28:本当に闘うべきこと


私たちには闘う能力がある。
その能力を使って、私たちは日々闘っている。
自分と違う意見の人と闘い、自分と違う神を信じる人と闘う。
その戦いは正義であり、正しい道だと信じている。
そしてその闘いに挑む自分を誇らしく思う。

私たちの敵は強い。
その敵は悪魔かもしれないし、不死身の魔物かもしれない。
私たちはその敵に立ち向かう。
負けそうになりながらも、
敵を打ち負かすまで何度も立ち上がる。

そんな闘いが何千年も続いている。
私たちは闘いを止めることができない。
平和のためにさえ、私たちは闘うのだ。
もはや闘いを終わらせることは不可能だと感じている。
私たちにとって、闘うことは生きることと同義語になった。

私たちが闘うべきところは世界ではない。
そこで闘うことは不毛しか生まない。
私たちがその力を示すところは心の中だ。

それは怒りや悲しみと闘ということではない。
自分自身の中心に向こうことを遮るものと闘うことだ。
私たちは自分の中心に向かっている。
私たちはいつも本当の自分自身とひとつになろうとしているのだ。

それを色々な感情や興味深い思考に遮られる。
そこから私たちはよい感情やよい思考を探し始める。
私たちのマインドの焦点は、
心の中に映し出されるものに目を向けてしまうのだ。
そして闘いの場所が心の中のスクリーンになってしまう。

このスクリーンが、私たちの行く手を遮るものだ。
私たちはこのスクリーンに焦点を合わせてしまうことと闘う。
私たちの本来の目的は、本当の自分自身へと進むことだ。
それを思い出して、まるで本物のように振る舞うその映像から離れるのだ。

このことは難しい。
だからこそ闘う力が必要になる。
ここが闘う力を使うべきところだ。
そうすれば、私たちはそのスクリーンを突破できる。

敵は強力だ。
それはまるで本物のように振る舞い、心理戦を仕掛けてくる。
まるで自滅するように、闘う力を逸らしてくる。
自分は正しい闘いをしているつもりでも、見当違いのことをさせられる。

私たちは何をするべきかを理解し、その正しい方向に進んでいく。
その道を阻むものは、闘う力で倒していく。
どんなに魅力的な言葉で誘いかけられても、それを振り切っていく。
そして、本当の自分に行き着いたとき、
私たちは闘う力を正しく使い切り、
そこで自分を見つけるための闘いは終わる。