2015年5月5日火曜日

スピリット・ウェイカー:ヨガへの道 #01

瞑想

私たちは誰もが自分自身の主人だ。
だからマインドの従者のように生きる必要はない。

人生の主人公は自分自身だ。
私たちはこの人生は自分のものだと思っている。
その自分自身とは身体であり、
その身体の行為を支配しているマインドだ。
私たちにとって、
この身体をマインドの思い通りに動かすことが人生だ。

マインドにとって、世界は自分が存在する大切なフィールドだ。
そこでの評価が自分自身の価値を判断する材料になる。
そのために身体の健康を維持し、より良い思考であることを心がける。
だが、そう思えばそうなるというわけではない。
病気や怪我をすることもあり、間違った思考に導かれて失敗することもある。

そこでマインドは世界からたくさんの情報を集めて、
自分にとって何が最善の選択なのかを分析する。
そうして、より良い自分を作っていく。
自分が世界に評価される人間になれば、マインドは満足する。


マインドは満足するために、世界に評価されるための指示を出す。
そして自分自身が世界でより質の高い存在になることを目指している。
それは際限がないことだ。どこまで行っても満足することはない。
だが、マインドはそれが正しいと信じ込んでいて、
それ以外の方法を排除したり、無視したりする。

真実とは何だろうか。
それはすでに完成された自分自身がここにいるということだ。
私たちは世界に評価されなくても、すでに完成されている。
そんな自分がここにいるということが、偽らざる事実だ。

だが、マインドはそんな事実を否定する。
そんな自分は丸裸で貧弱なだけだと言う。
そんな自分に服を着せて、美しく着飾ることが必要だと信じている。
そうすることが自分を確立することだと思っている。

服を着た自分は真実の自分自身ではない。
服は自分の本質ではない。
服選びをしているなら、
私たちの本質はマインドの従者になっている。
服選びではなく、
いま着ている服を脱ぎ捨てていくことが自分の真実を知る道なのだ。

そんなことをすれば、マインドは慌てて恥知らずなことをするなと言うだろう。
それに従い続ければ、私たちはマインドの従者になっている。
それに反して、服を脱ぎ捨てていけば、
私たちは自分の本質に戻ることができ、
そして、そうなったとき、マインドは自分の従者になっている。