2015年9月15日火曜日

スピリット・ウェイカー:ヨガへの道 #20



自分であるために心を変えることは際限がない。
自分であるために意識でいることはひとつだ。

私たちがより良く生きようとするとき、
知識を増やしたり、能力に磨きをかけたり、心の在り方を変えようとする。

私たちを好ましい状態にするものは世界のあちこちに置かれている。

私たちはそれらを探し求め、それらを手に入れ、
その自分を世界に評価してもらう。

私たちはそれが自分を見つけることであり、満たすことだと思っている。

それらは確かに私たちの人生の質を高めてくれる。
私たちの人生はより心地良ものになり、心配事も減って、幸せに暮らしていけるようになる。

そう自分で実感すれば、私たちは自分をより良くすることに成功したと感じる。
そして自分は人として正しいことをしたのだと信じて疑わなくなる。

だが、私たちを変えてくれるものは無限に存在する。
世界に在るそれらをすべて手に入れることは不可能だ。


そして、それらは一度手に入れれば永遠に変わらず在るわけではない。
それらは必ず変化していく。

知識は忘れ去られ、能力は衰え、心の在り方は安定したり乱れたりする。
心地よさは居心地の悪さになり、心配事は増えていき、幸せだと思うことも少なくなっていく。

私たちはそんな自分を見て諦めの境地になるか、更に世界から手に入れようと努力する。
どちらにしても、私たちは世界の変化する相から逃れることは出来ない。

つまり、私たちがどんなに素晴らしい物を世界から手に入れたとしても、
そのすべては自分自身に定着することなく、失われていくのだ。

私たちは食べても食べてもお腹が空いている妖怪のように世界を貪っている。
いつまでたっても、私たちは求めている自分自身になることができない。

いつか、私たちは満たされないまま死んでいき、
見つけることができなかった自分自身を探しに、またこの世界に生まれ戻ってくる。

そうして私たちは同じ人生を何万回も繰り返している。
それでも、私たちは飽きることなく、死んだらまたこの世界に生まれ変わりたいとさえ望んでいる。

私たちはそれが正常であり、あたりまえのことだと信じて疑っていない。

もし、私たちがそんな自分自身の歪んだ生き方に気がついたなら、
そろそろこの世界とも決着をつけようと思うだろう。

その決着のつけ方が、本当の自分自身を見つけるということだ。

本当の自分自身とは変化することなく、いつでもそこに存在している。
そして何よりも、それはひとつしかない。

それは世界中に際限なく散りばめられた知識や能力の一種ではない。
それは誰にとっても同じで、たったひとつなのだ。

私たちがこの世界で見つけなければならなかったものは、
このたったひとつの意識という自分であり、それは自分自身の中にいつでも存在してる。

そうして私たちが世界から何かを手に入れて、自分自身を完成させようとすることから、
自分自身の中の意識の存在によって、自分を完成させようとすることへと進む道を転換する時、
いままでの人生の価値が大きく変化する。

それでも、私たちはいままでの現実的な人生を生きていくだろう。
そうしながらも、本当の自分を自分自身の中に見つけようとする。

今までの人生の価値はただ単に経験を手に入れることだけだった。
それに加えて、私たちは本当の自分自身を見つけるために、
心の中の記憶や感覚を退けながら、一番純粋な自分の核心に触れようとしている。

それは手に入れることと捨て去ることであり、相反することだ。

私たちはそのことに戸惑いを感じる。
どちらが正しいのかと混乱するときもある。

だが、それはどちらも正しい。
それらを両立させるために、私たちは瞑想の時間だけ、本当の自分自身を見つけようとすればいい。

身体と心で生きているときには、世界から色々な経験を手に入れることだ。
それを避けようとしても不可能だ。

たとえひとりで山の中に隠れたとしても、私たちは世界との接点を消し去ることはできない。
そんな無理なことに思考を巡らせるのはやめて、身体や心を含めた世界のことは世界に任せればいい。

瞑想の時間だけはそんな世界から隔絶された時間として、
心の中の深いところにある自分自身を見つけるために捨て去ることをしていく。

私たちが本当の自分自身を見つけて、それ自身になったとき、
私たちは自分自身として完成される。

私たちが完成されたとき、世界も完成される。
世界が完成されるためには、まず自分が完成される必要があった。

その後の私たちが世界から手に入れようとすることや、手に入れたものさえ、
たとえそれが変化するものだとしても、すべてが完成され満たされている。

本当の自分自身とは純粋な意識という存在であり、
それは自分だけでなく世界のすべての物事の核心だと知るのだ。

つまりすべてが自分自身だ。
世界のすべてが自分の核心と同じ存在で創られている。

このように自分自身で現実的な実感として理解することがヨガだ。

これを知れば、ヨガについての教えは必要なくなる。
知識や言葉を超えて、本物に触れることができたからだ。

それは誰にとっても同じ理解だ。
人の人生経験や性格は千差万別だ。だがこの理解だけはひとつしかない。

誰もが例外なくこのひとつによって創られている。

私たちはが際限のない転生から離れるためには、
このことを理解する必要があるだけだ。